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「歴代東京大司教追悼ミサ」講話部分(要点)
―歴代東京大司教と東日本大震災―

2011年6月5日 築地教会にて

要点1.
 1891年6月15日、日本北緯使徒座代理区は東京大司教区となり、初代大司教にピエール・オズーフ大司教が就任しました。今年は教区設立120周年です。
 帰天された歴代大司教様方は次のとおりです。
1. ピエール・マリー・オズーフ大司教
   1891年就任、1906年6月27日帰天。墓所は青山霊園。
   塚本昇次神父は、彼の著書『ピエール・マリー・オズーフ大司教伝』で、
   誠実、敬虔な大司教であったと伝えています。
2. ピエール・フランソワ・ムガブル
(ミュガビュール)大司教
     1906年就任、1910年5月27日帰天。墓所はフランスのバスクの漁村のゲタリ。
     2008年6月、わたし・岡田大司教はパリ外国産教会設立350周年記念に参加の折、
     ゲタリの教会で墓参。
3. フランソワ・ボンヌ大司教
     1910年就任、1912年1月11日帰天。青山霊園。
4. ジャン・ピエール・レイ大司教
   1912年就任、1930年5月25日帰天。青山霊園。
5. アレキシス・シャンボン大司教
   1927年就任、1948年9月8日帰天。横浜外国人墓地。
6. ペトロ 土井辰雄大司教・枢機卿。
   1937年−1970年在任、1970年2月21日帰天。府中墓地。
7. ペトロ 白柳誠一大司教・枢機卿。
     1970年−2000年在任、2009年12月30日帰天、府中墓地。

要点2. 闇に光を
・日々の生活を通して闇に光を掲げるよう心がけたい。
・仙台教区訪問の際の写真をスクリーンに映写していただく。
  http://tokyo.catholic.jp/text/diocese/album.htm 参照
・教区ニュースの岡田大司教の特別寄稿の紹介。

要点3. エレナちゃんと教皇様
エレナちゃんの質問
 「わたしの名前はエレナです。日本人で7歳です。わたしはとても怖い思いをしました。なぜ子どもたちが深く悲しまなければならないのでしょうか。教皇様、あなたは神さまとお話しになるかたです。どうか教えてください。」

教皇様の答え

 「親愛なるエレナさん。わたしには答えることができません。けれども、わたしは知っています。イエスは、罪がないにもかかわらず、わたしたちと同じように苦しまれました。イエスのうちにご自身を現してくださったまことの神は、皆さんのそばにいてくださいます。このことはとても大切なことだと思います――たとえ答えが見つからず、わたしたちが今なお悲しみのうちにあっても。神は皆さんのそばにいてくださいます。そして、それが皆さんの助けになることは確かです。いつの日か、どうしてこのようなことが起きたのか分かるようになるかもしれません。今は、皆さんが次のことを知るのが大切だと思います。『神はわたしを愛しておられます。』
 わたしはあなたと共にいます。苦しむ日本の子どもたちとともにいます。わたしは祈りと行いによって皆さんを助けたいと思います。どうか信じてください。神が皆さんを助けてくださいます。ですから、ともに祈りたいと思います。皆さんが一日も早く光を見いだすことができますように。」

要点4.
 
仙台訪問のときに感じました。大震災中でも花が咲き乱れ、春爛漫でした。美しい自然から神様の存在を感じます。神様はこの世界をいつか完成し、美しい天と地にしてくださいます。
 使徒パウロは被造物もキリストのあがないに与り復活の栄光を受けるときが来ると教えています。
 「被造物は虚無に服していますが、それは、自分の意志によるものではなく、服従させた方の意志によるものであり、同時に希望も持っています。 つまり、被造物も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれるからです。被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。」(ローマ8・20−22)



 


東京大司教 ペトロ 岡田武夫